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東京地方裁判所 平成12年(モ)5653号 決定 2000年7月19日

主文

本件を岐阜地方裁判所に移送する。

理由

一  申立ての趣旨及び理由

被告らは、主文同旨の裁判を求め、その理由として以下のとおり主張する。

1  相手方(以下「原告」という。)が本案において主張する被告らの不法行為は、岐阜市に本店を置く破産者株式会社田中常(以下「田中常」という。)を舞台として行われたものと構成されており、本案訴訟の不法行為地は岐阜市である。

2  本案訴訟において、証人として尋問する必要のある田中常の元社長Tほかの役員や被告ら関係者は、全員が岐阜市及びその周辺に居住している。

3  本案訴訟においては、今後、田中常の作成した諸書面を書証とすることが必要となると思われるが、それらは、田中常破産管財人が岐阜市において管理しており、その中から適切な文書を選び訴訟に顕出するためには、破産管財人及び文書作成者を交え文書の存否の確認、文書の特定を行う必要がある。

4  また、田中常は岐阜県における繊維産業の老舗であったが、繊維産業が関係する訴訟を多数取扱い、右産業の取引慣行等を把握していると思われる岐阜地方裁判所が本案の審理をすることが適当である。

5  他方、原告は、本社が大阪であるにもかかわらず、支店登記が東京にあることを奇貨として、原告ら関係者が居住する東京都を管轄する当裁判所が義務履行地の管轄裁判所に当たるとして、訴え提起をしているに過ぎないのである。

原告が証人として予定する者はすべてその関係者であって、訴訟により生じる義務を果たすことは当然であり、先に述べたような事情に照らすと、岐阜地方裁判所で審理することの方が当事者間の衡平にかなうというべきである。

6  以上の次第であって、当裁判所で審理を続けることは、訴訟の著しい遅滞を招くとともに、当事者間の衡平をも害することが明らかである。

二  申立てに対する答弁及び反論

原告は、被告らの右申立てに対し、以下のように答弁し、反論する。

1  不法行為地が岐阜市であったとしても、本件は、不法行為の現場について検証等を行う必要のない事案である。また、田中常の再建計画が議論された田中常の月次報告会は、3回に2回の割合で東京において行われており、岐阜市だけではなく東京都内も不法行為地と言える。

2  田中常関係者を証人として尋問する必要があるとしても、1人か2人をせいぜい1日程度出頭させることになるに過ぎない。翻って、原告の証人予定者は、すべて東京又はその周辺に居住している。

3  破産管財人は、本件において問題となっている田中常倒産以前の経緯に関与していないのであるから、同人を証人として出頭させる必要はない。また、破産管財人が岐阜市で管理している文書を書証として訴訟に顕出するためには、必要に応じ調査嘱託又は文書送付嘱託等によれば足りるため、同人を出頭させる必要はない。

4  被告らが主張する繊維産業特有の事情という点は、移送申立てを判断する要素とはならない。

5  よって、当裁判所で審理を続けても、訴訟の著しい遅滞を招くとはいえず、また、当事者間の衡平を害するとは認められない。

三  判断

1  本件記録によれば、本案訴訟は、被告株式会社大垣共立銀行(以下「被告銀行」という。)と原告間の田中常に対する協調支援関係を、被告銀行が一方的に破棄したことを理由とする不法行為に基づく損害賠償請求であるところ、被告ら及び田中常の住所地あるいは本店所在地は岐阜県内にあるし、原告の主張によれば、被告らの不法行為も岐阜市あるいはその周辺で行われたものと言えるから、本案訴訟の管轄が、被告らの住所地あるいは本店所在地であり、また不法行為地でもある岐阜県を管轄する岐阜地方裁判所にあることが明らかである。また、原告の東京本社(支店)が東京都内にあり、同所が本件の損害賠償債務の履行地となることからすると、当裁判所にも管轄があることは明らかである。

2  そこで、以下、被告らの主張するように、当裁判所で審理を続けることが、訴訟の著しい遅滞を招くとともに、当事者間の衡平をも害するかについて検討する。

本件記録によれば、次のとおり言える。

(一)  本件で原告が被告らの共同不法行為として主張する事実は、被告銀行が平成10年8月の時点では、平成11年2月頃には田中常に対する金融支援を打ち切る意思を固めていたにもかかわらず、平成10年8月18日に岐阜市内の田中常本社で行なわれた協議、同月26日に岐阜市内の被告銀行岐阜駅前支店で行なわれた協議等において、被告甲野及び被告銀行の担当者をして、原告の担当者に対し、今後も田中常を支援し、資金不足に陥った場合には、必要運転資金の融資を実行することを明言させ、その後も同趣旨の発言を繰り返したうえで、平成11年2月に原告となんら協議することなく一方的に田中常に対する融資支援を打ち切ったというもの(訴状二の3参照)で、既に指摘したとおり、原告の主張する被告らの不法行為地が岐阜市あるいはその周辺であることは明らかである。

この点に関し、原告は、この頃に、原告の担当者、被告甲野などが出席して田中常の再建計画を議論した田中常の月次報告会の多くが東京都内で行なわれており、そのような交渉の経緯に照らすと、岐阜市あるいはその周辺だけではなく、東京都内も本案訴訟における不法行為地であると主張する。しかし、仮にそのような事実が認められるとしても、前記不法行為の態様に関する原告の主張に照らす限り、原告の主張する被告らの共同不法行為の主要な部分は岐阜市ないしその周辺で行なわれたものというべきである。

(二)  本件の審理は、原告、田中常及び被告銀行間の交渉の経緯、合意内容の解明が中心となると解されるところ、その審理に当たっては、右交渉の経緯に関する当事者双方の主張の対立が顕著であることからすると、原告の交渉担当者、被告甲野、被告銀行の交渉担当者のほかに、田中常の当時の担当者をある程度時間をかけて尋問する必要があると考えられる。これらの人証の取調べを円滑かつ迅速に行うにつき、当裁判所と岐阜地方裁判所のいずれが相当かについては、各当事者及びその担当者の住所を比較した限りでは、いずれの裁判所で審理するのが相当とまでは言えないが、田中常の当時の担当者がすべて岐阜市周辺に居住していることを考慮すると、岐阜地方裁判所で審理することがより適当だと言える。

なお、それぞれの裁判所への出頭に要する当事者双方の関係者の負担の程度という点からみても、原告と被告銀行間の交渉は主として岐阜市内で行われていたのであり、その際には原告担当者が岐阜市に出向いていたのであるから、原告にとって岐阜地方裁判所で審理することの不利益はさほど大きいとは言えない。

また、本件の審理に当たっては、書証として、田中常の経理関係資料、月次報告会の資料等を取り調べる必要があると考えられるところ、これらの文書は岐阜市居住の田中常破産管財人が管理しているから、これらを訴訟に顕出するためには、当事者が破産管財人と面談したり、破産管財人に出頭を求めるなどして文書の特定、取り寄せを行う必要が生じる可能性もある。

(三)  加えて、本件の原告が、大阪に本店を置く国内有数の商社であるのに対し、被告銀行は大垣市に本店を置く地方銀行、被告甲野はその行員であることや、本件は、定型的に不法行為が成立する事案とは違い、慎重に検討すべき点が多いことも、当事者の衡平の観点を考慮するに当たっては斟酌されるべきである。

(四)  以上、(一)及び(二)で指摘したとおり、本案訴訟における不法行為地の主要な部分が岐阜地方裁判所の管内であることが明らかであり、しかも、今後の審理の過程で予想される書証や人証の取調べを円滑かつ迅速に行うという観点からみても、岐阜地方裁判所で審理を行うことが適当と認められること、さらには(三)で指摘した本案訴訟の事案の特殊性その他本件に顕れた一切の事情を総合的に考慮すると、当事者間の衡平を図るという観点からは、本案訴訟を当裁判所で審理するのではなく、岐阜地方裁判所で審理する必要があるというべきである。

四  結論

よって、被告らの申立てには理由があるから、民訴法17条により、本件を岐阜地方裁判所に移送することとし、主文のとおり決定する。

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